東京高等裁判所 昭和47年(ネ)2610号 判決 1974年4月04日
控訴人 門馬義芳
右訴訟代理人弁護士 藪下紀一
同 船崎隆夫
被控訴人 大東信販株式会社
同 斯波俊夫
右被控訴人ら訴訟代理人弁護士 江藤馨
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴人代理人は、「原判決を取消す。被控訴人らは控訴人に対し原判決添付物件目録記載の土地建物につき昭和四五年三月一九日東京法務局調布出張所受付第七四八六号の所有権移転登記(被控訴人ら各自二分の一の持分)の抹消登記手続をせよ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人ら代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張は、左記に付加するほかは原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。
(被控訴人らの主張)
一、控訴人と訴外清水美尚(以下清水という。)間の本件土地建物(原判決添付物件目録記載の土地建物)に対する所有権移転登記は、控訴人の清水に対する債務を担保するためになされた、いわゆる譲渡担保契約にもとづくものであるから、真実、所有権を移転する意思をもってなされたものというべきである。
二、仮に、右登記が通謀虚偽表示によるものとしても、被控訴人らは善意である。被控訴人らは、本件土地建物は清水の所有であると信じて競落した。登記がある場合にはこれに伴う実質的な権利があると推定されるのであり、裁判所による不動産競売は登記簿上の所有名義人を所有者としてなされ、競落人もそのつもりで競落する。不動産競売において、登記簿上の所有者と真実の所有者が異なるような問題のある物件は処分禁止等の仮処分がなされ登記簿に記入されているのが通常であるが、本件土地建物にはその旨の記載はなかった。控訴人は、本件土地建物が控訴人の所有であるとの上申書を裁判所に提出し、それが競売記録に編綴され、また、訴外吉良忠重(以下吉良という。)を通じてその旨を被控訴人らに知らせたと主張するが、被控訴人らは右上申書を見ていないしまた、それだけで登記の推定力を破る証明とはなりえない。被控訴人らは、本件土地建物が控訴人の所有であることを知っておれば、損害を受けることが予想されるのであるから、これを競落するはずはない。
三、本件土地建物の根抵当権者であり、右競売事件の申立人である訴外勧業信用組合も、控訴人主張の通謀虚偽表示の点については善意であった。
(控訴人の主張)
一、被控訴人らは、本件土地建物の清水に対する所有権移転登記が通謀虚偽表示によるものであることを知っていた。すなわち、吉良は、本件土地建物の競売期日である昭和四四年一二月三日、競売裁判所において、かねてより本件土地建物の実質上の所有権者は控訴人であり、登記簿上の名義人である清水ではない旨を伝えてあった被控訴人会社代表者栗田利一本人及び被控訴人斯波俊夫の競落を事実代行した訴外斯波政夫に対し、競売記録をよく閲覧すれば本件土地建物の真実の所有者は控訴人であること、登記簿上の控訴人と清水との間の売買は仮装されたものであることが判明することを再度要請し、さらに前記競売記録に編綴されている執行官作成の賃貸借取調報告書の記載も事実に反している旨を伝えた。そのため右栗田利一は本件建物の競落を一旦は諦めたが、右斯波政夫の強い要請により、結局右両名(いずれもいわゆる競買屋)は、前記競売記録を閲覧して控訴人が競売裁判所に提出した上申書等(甲第五ないし第八号証)の存在及び本件土地建物を競落すればその所有権関係につき後日問題になる物件であることを認めていたにもかかわらず、本件土地建物を競争相手なしに競落したのである。
二、被控訴人主張の三、の点は否認する。
(証拠)<省略>
理由
一、控訴人が昭和三三年四月一五日訴外亡田中長吉から本件土地建物を譲受けてその所有権を取得したこと、本件土地建物には被控訴人らのために控訴の趣旨記載の所有権移転登記がなされていること(以上控訴人の請求原因)、控訴人は昭和三七年九月一七日清水に対して本件土地建物を売渡す契約をし、同日東京法務局調布出張所受付第一五九二四号をもって所有権移転登記(以下清水に対する移転登記という。)の手続をしたこと、清水は昭和四一年六月一日訴外勧業信用組合に対して本件土地建物につき被控訴人ら主張のごとき根抵当権を設定したこと、その後本件土地建物につき被控訴人ら主張のごとく競売手続が開始され、被控訴人らが競落し、昭和四四年一二月四日競落許可決定があったこと、被控訴人らは昭和四五年三月一一日右競売代金の支払を完了したこと(以上被控訴人らの抗弁)、以上の各事実は当事者間に争いがない。
二、そこで、控訴人の再抗弁、すなわち、控訴人から清水に対する移転登記が通謀虚偽表示にあたるかどうかについて判断する。
<証拠>によれば次の事実が認められる。
(一)控訴人の経営する訴外国際テレビジョン株式会社(以下国際テレビという。)は、訴外入欧電気株式会社(以下入欧電気という。)に対して約二五〇万円の債務を負担するに至り、右債務の連帯保証人であった清水は、その所有する不動産につき入欧電気から仮差押を受けたので、国際テレビに代って昭和三七年八月頃右債務の弁済をした。
(二)このことから控訴人は清水に対して道義的責任を感じ、また、本件土地建物は国際テレビの営業の本拠であったが、当時国際テレビには他にも債権者がいたため、その責任追及を免れるためと財産保全のため、控訴人は真実所有権を移転する意思がないのに、清水と通謀して、本件土地建物の所有名義を一時的に同人名義に移転することとし、また控訴人から要求があればいつでもその名義を控訴人に戻すとの口約束のもとに、同年九月一七日売買名下に清水に対する移転登記の手続をした。
(三)その後、清水が前記のごとく国際テレビに代って入欧電気に弁済した約二五〇万円の求償債務につき、国際テレビは清水に対して月一〇万円宛返済していったが、本件土地建物に対する地代若しくは家賃としては何ら支払っておらず、また、本件土地建物に対する固定資産税は、清水名義で徴税令書がくるため一応同人の方で支払った上で、それを控訴人が清水に対して支払っており、更に、本件土地建物の所有名義を控訴人から清水に移転したことに伴い、昭和四一年一月に世田谷税務署長から、控訴人に対して、控訴人の昭和三七年分所得税に譲渡所得税を加算する旨の更正決定がなされたが、控訴人はこれに対して昭和四一年二月一六日に異議申立をしたところ、右税務署長は同年五月一〇日に、控訴人の右異議申立を認めて右更正決定を取消す旨の決定(甲第八号証)をした。
以上の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。
右認定事実によれば、清水に対する移転登記の登記原因である売買は、控訴人主張のように通謀虚偽表示によるものと認めるのが相当であり、したがって、少くも控訴人と清水間においては無効というべきである。
なお、被控訴人らは、控訴人の清水に対する移転登記は譲渡担保契約にもとづくものであるから無効ではない旨主張するが、前顕証拠によれば、清水が国際テレビに代って入欧電気に約二五〇万円の債務を代払いしたことが、本件土地建物の所有名義を清水名義に移転登記した主たる動機になっていることは認められるけれども、右代払いしたことによる清水の国際テレビに対する求償債権を積極的に担保することを目的として、本件土地建物につき清水に対する移転登記をしたことを認めるに足る証拠はなく、したがって、控訴人と清水との間でなされた外観的法律行為(清水に対する移転登記)につき、その外観どおりの法的効果の生ずることを右当事者が意図していたことを認めることはできないから、被控訴人らの右主張は採用できない。
三、次に、被控訴人らは、本件土地建物を競落した当時、控訴人と清水間の右通謀虚偽表示の事実を知らなかった(善意)旨主張するので、この点につき判断する。
<証拠>を綜合すれば次の事実が認められる。
(一)本件土地建物に対する第一回の競売期日は昭和四四年一二月一日と指定されたが、吉良は競買屋仲間からの内報によってその十数日前に右事実を知り、たまたま本件土地建物の所在地が自己の住所地の近くであったので、調査のため本件土地建物で営業をしている国際テレビに電話をしたところ、控訴人が右電話を受け、これによって控訴人は本件土地建物が競売に付されていることを初めて知った。
(二)そこで控訴人は直ちに吉良方に赴いて競落阻止の方策について種々教示を受けたが、処分禁止の仮処分決定を受けるための保証金を作る余裕はなかったため、とりあえず右競売の申立人である勧業信用組合に対して、本件土地建物の実質上の所有者は控訴人であるから右競売申立を取下げるようにとの同年一一月一九日付内容証明郵便(甲第六号証)を出し、また清水に対しては、右勧業信用組合に右趣旨の郵便を出した旨の内容証明郵便(甲第七号証)を出し右内容証明郵便二通(甲第六、七号証)と、前認定の世田谷税務署長がなした控訴人の昭和三七年分所得税の異議申立に対する決定書(控訴人に課した譲渡所得税を取消したもの)(甲第八号証)とを添えて、競売裁判所である東京地方裁判所に対し、控訴人は本件土地建物の名義貸人である旨の同年一一月二四日付の上申書(甲第五号証)を提出した。
(三)被控訴人会社代表者栗田利一、被控訴人斯波俊夫及び同人の弟で本件競落関係につき同人を代理した斯波政夫(以上三名を合わせて以下単に被控訴人らという。)は、いずれも吉良の競買屋仲間で顔見知りであるが、右競売期日に競売の場所で、吉良は被控訴人らを含む競買屋仲間に対して、本件土地建物の競売記録には上申書等(甲第五ないし第八号証)が出ているからよく読むように話した。しかし右競売記録は、通常競売の開始前一時間位の間に大勢の者が順次見るため、一般に記録を精査する余裕はあまりない。
(四)右競売記録には、前記上申書等(甲第五ないし第八号証)のほか、本件土地建物の登記簿謄本(甲第一、二号証)及び執行官作成の賃貸借取調報告書(乙第一号証)も編綴されており、右登記簿謄本には、控訴人が本件土地建物の実質上の所有者であることを窺わせる記載は何らなく、また右賃貸借取調報告書には、国際テレビが本件建物の一階部分を昭和三七年一月から一か月金三万五〇〇〇円の賃料で賃借しており、このことを国際テレビ代表者の控訴人から面接聴取した旨の記載がある。
(五)本件競落前に、前記斯波政夫は本件土地建物の所在地に赴いてその外観だけは眺め、また、被控訴人らは、右競売記録中の右登記簿謄本及び賃貸借取調報告書だけは少くも閲覧したが、控訴人及び清水には全く会っていない。
以上の事実を認めることができ、甲第一〇号証の記載、原審及び当審証人吉良忠重、同斯波政夫の各証言、原審における前記栗田利一及び斯波俊夫の各本人尋問の結果中、右認定に反する部分はいずれも前顕証拠及び右認定事実に照らして借信できず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。
右認定事実の下において控訴人主張のごとく、被控訴人らが本件土地建物の実質上の所有者が登記簿上の所有名義人である清水ではないと認識するためには、少なくとも前記上申書等(甲第五ないし第八号証)を閲覧し、また、吉良の話をよく聞いていたということが必要であるが、これを認めるべき証拠としては甲第一〇号証及び前顕吉良忠重の証言以外にはないところ、右証拠は、前顕斯波政夫の証言及び被控訴人ら本人尋問の結果に照らしてにわかに措信できず、さらに被控訴人らは前記登記簿謄本及び執行官作成の賃貸借取調報告書を閲覧しているのであるから、これらと対比するときは、かりに前記上申書等を見、吉良の話を聞いたとしてもどの程度信用してよいか疑わしく思うであろうことは容易に推認できる(なお、右賃貸借取調報告書の記載内容は事実に反する旨控訴人は主張するが、この主張事実を被控訴人らが知っていたことを認めるに足る証拠はないから、右主張事実をもって右認定を左右することはできない。)。したがって、被控訴人らが、たとえ本件土地建物につき多少問題のある物件であるとの認識をもったとしても、控訴人や清水に直接会って話を聞いたわけではないから、本件土地建物の真実の所有者が控訴人であるとの認識をもったと認定することはできない。
叙上の次第であるから、控訴人と清水間の前記通謀虚偽表示の事実につき、被控訴人らは善意であったものというべきであり、前顕甲第五ないし第八号証、第一〇号証及び吉良忠重の証言は、いずれも右の反証としては不十分であって、他にこの認定を覆すに足る証拠はない。
四、被控訴人らは、本件土地建物の抵当権者であり、かつ、本件競売事件の申立人である勧業信用組合も右通謀虚偽表示の点については善意であった旨主張し、控訴人はこれを争っているが、民法九四条二項に規定する第三者とは、虚偽表示の当事者またはその一般承継人以外の者であって、その表示の目的につき法律上利害関係を有するに至った者をいい、甲乙間における虚偽表示の相手方乙との間で右表示の目的につき直接取引関係に立った丙が悪意の場合でも、丙からの転得者丁が善意であるときは、丁は同条項にいう善意の第三者にあたると解するところ(最高裁判所昭和四五年七月二四日第二小法廷判決参照)、本件の場合も右の法理に則り、右勧業信用組合がかりに悪意であったとしても、被控訴人らの権利の帰すうには影響を及ぼさないものというべきであるから、この点については判断しない。
五、叙上の次第につき、通謀虚偽表示により本件土地建物の所有権が控訴人に帰属することを前提とする控訴人の本訴請求は、善意の第三者である被控訴人らに右所有権をもって対抗することはできないから、結局理由がなく、したがって、これを棄却した原判決は正当であるから本件控訴を棄却することとし、訴訟費用につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(最判長裁判官 上野宏 裁判官 後藤静忠 日野原昌)